Newton(ニュートン) 2016年 06 月号 [雑誌]本ダウンロード
Newton(ニュートン) 2016年 06 月号 [雑誌]
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Newton(ニュートン) 2016年 06 月号 [雑誌]本ダウンロード - 内容紹介 相対論をこえて 脳とニューロン 地震 9次元からきた男(科学未来館コラボ) この雑誌について 科学の話題を面白くビジュアルに紹介
Newton(ニュートン) 2016年 06 月号 [雑誌]の詳細
本のタイトル : Newton(ニュートン) 2016年 06 月号 [雑誌]
発売日 : 2016/4/26
カテゴリ : 本
ファイル名 : newton-ニュートン-2016年-06-月号-雑誌.pdf
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以下は Newton(ニュートン) 2016年 06 月号 [雑誌] の最も正直なレビューです。 この本を読んだり購入したりする場合は、これを検討してください。
僭越ながら、個人的にも相対論のトピックスを集めてみました。(1)物理学者の益川敏英博士が、東京新聞に連載していた“この道”の最後におっしゃっていた。〈私ももう70代半ばだが大好きな謎解きはやめられない。このところ不思議に思うのは「時間の同時性」ということ。アインシュタインの相対性理論によると、新幹線に乗っている人の時計は、ホームに立っている人の時計よりゆっくり進む。また高いビルの屋上に置かれた時計は、一階にある時計より速く進む。つまり私に流れている時間と、あなたに流れている時間はそれぞれ違うのだ。だったら「同時」とは一体なんだろうと、いまさらながら考えるようになった。いつ答えが出るのか分からない。でも私は(名古屋大素粒子宇宙起源研究機構の)機構長だから「早く論文を書きなさい」なんて誰からもせっつかれる心配はない。まあ気長に考えるとしよう。おしまいにもう一度。若い人はあこがれとロマンを持って進んでほしい。それから英語は重要。ありがとう。〉(3月26日)益川博士は読書が大好きで、今までに本当に膨大な量の本を読み尽くしたそうですが、最後に興味を持ったのが“アインシュタインの「時間の同時性」”だという話です。地球上でずっと居るとしたら、あなたの時間の経ち方とわたしの時間の経ち方は同じです。宇宙の年齢が百何十億年とかいうのも、このスケールでの時間の経ち方での話かも知れません(注1)。しかし、宇宙船で宇宙旅行するとウラシマ効果や双子のパラドックスなどが起きて、あなたの時間とわたしの時間はリアルに異なってきます。またさらに細かいことを言うと、高度2000メートルの南米高山地帯に住んでいる人たちは、海抜0メートル付近で過ごしている人々よりも若干早く歳をとります(注2)。また飛行機や新幹線によく乗る人はあまり乗らない人よりも歳をとるのが若干遅くなります。我々が宇宙に進出し、宇宙船で宇宙飛行すると、時間は多少ゆっくり進みますが、そうでなくて地球上でずっと居た場合ですら、あなたの時間とわたしの時間は少しは違ってくるわけです。このように例えば日常でも、また思考実験でも、相対性理論について考えるのはおもしろい。(注1):アインシュタインによれば時間の経ち方も相対的なものだから、宇宙の年齢が138億年というのも、あくまで地球上の人類がはかった時間に過ぎない。ニュートンと違ってアインシュタインでは時間のスケールに絶対的なものはないわけだから、宇宙の年齢が138億年というのは人類が勝手に言っているだけである。例えば光速に近い速度で飛行している人からは、宇宙の年齢は異なって見える。ニュートンの絶対時間はアインシュタインによって否定された。繰り返して言いますが、138億年というのは絶対的なものではない。(注2):地球は自転していて、遠心力により赤道方向に少しふくらんだ形をしている。重力は距離の2乗に反比例して小さくなるので、極よりも赤道の方がやや重力が小さくなる。また極では遠心力はほとんど働かないが、赤道では強い遠心力に相殺されて重力が小さくなる効果がある。また地球の内部の物質は均一ではなく、場所によって物質の比重の高低に差があるので、その影響でも重力は変化する。(2)「二隻の宇宙船がたがいから遠ざかっており、それぞれが秒速20万キロで進んでいるとしよう。それは各々から見て相手が光速より速く動いていることを示す理由にはならないか?」(『アシモフ博士の宇宙の誕生』p116)アインシュタインが教えてくれたのは、〈われわれは何気なく長さと言っているけれど、漠然とした物体の長さなんてものはこの世にはない。実際にあるのは二つの出来事の間の距離だけで、棒の両端が同時刻のときの距離を長さと言っているだけなんですね。そのときの長さというのは、測るものと測られるものとの相対速度できまっている。そうすると物理的状況によって長さが変わるというよりは、長さというものは、測り方の操作を指定しないと決まらないと言ったほうがよいでしょう。宇宙のどこでも、あるいはこの世のどこでも通用する長さなどというものはない。物差しと測られるものの相対的な運動状態に応じてある、ということです。容積は長さを掛けてやれば出てくるんですから結局は長さの話にもどりますね。その長さというものには、つねに条件をつけて理解する必要がある。〉この例は、松田卓也、木下篤哉著『相対論の正しい間違え方』にも、“正しい間違い”の王道をゆくものとして掲載されています。「左右に光速の80%の速さの宇宙船を飛ばすと、互いに光速の160%で離れていくはずである。これは、「光速は超えることができない」という相対論の帰結に反しないか?」(答え):〈「左右に光速の80%の速さの宇宙船を飛ばす」という視点は、左右どちらかの宇宙船に乗っている観測者の立場のものではない。2つの宇宙船の速さを同等と見る、第三者の視点からの見解である。当然ながらこの第三者は、自らのもつモノサシと時計で、2台の宇宙船の速度を計測している。よって、左の宇宙船あるいは右の宇宙船に乗っている観測者を基準として、相手の宇宙船の速さを計測する場合は、彼ら自身がもつモノサシと時計を使うはずである。〉前提となるのは、速度uで動いている宇宙船やモノサシの長さは1/γ倍に縮んでおり、かつ、時計がγ倍に遅れているということだけである。ただしここでγ=1/(1-u2/c2)1/2であり、γファクターとよばれる量である。γは必ず1より大きい。このような考えが基礎ですが、答えは、左に行く宇宙船から右へ行く宇宙船の速さUを測ると、速度合成則により、U=(0.8c+0.8c)/(1+0.8×0.8)=0.976cです。(3)ニュートンの万有引力の法則によれば地上にいる人が重力を感じるのは地球からの引力によるもの。しかし、アインシュタインの一般相対論的解釈で考えるとどういうことになるのか?(答え):〈重力は、何と言いますか重力の源のようなものがあって、それに引っ張られるというようなものではない。重力を感ずるものがどのような運動状態にあるかで決まってくる。その人がどのような運動状態にあるかということの、はね返りとして決まってくるわけです。そういうふうに考えることをアインシュタインの一般相対論は要請している。〉地面から下に行けないのは地面から力を受けているからです。力を受けるというのは、それによって加速度運動が発生して、われわれはいつも上に向かっているわけです。ただ、何しろ下りのエスカレーターを無重力系と仮定すると、そのまま乗っていったら下へもっていかれるわけですね。それを下へ行かないように地面からの力を受けているわけです。地面から下へ行けないのもこの力を受けるからです。その力に押されていつも上へ向かって加速度運動をしているわけで、その加速度運動の結果、同じ場所へととどまれるようになっているのです。それは静止ではなくて、あくまで上へ向かう運動です。動いている結果として、じっと止まっているんですね。ちょうど動く歩道の進行方向に対して反対方向に一生懸命歩いていると、外からは止まっているように見えるのと同じです。地面から力を受けてわれわれは加速度運動をしてるわけです。だからアインシュタインの一般相対論によれば、われわれの地上ではふつうの幾何学は成り立たないということになります。ただ、成り立たない度合いはどの程度かというと、とても小さいものなので心配するほどではないのです。ちょっと考えると、綱の切れたエレベーターが加速度を持って、下に落ちるほうが加速度運動だと思うはずです。ところが、そうじゃないとアインシュタインは言います。われわれが地面にじっとしているということは、綱の切れたエレベーターのようにどんどん落ちていく運動に対して、加速度運動で一生懸命に上にあがっている運動をしているのだと説明します。そういうどんどん上にあがる運動をわれわれ自身が日夜しているから重力を感じるのだと言うのです。超高層ビルの高速エレベーターに乗ると、はじめ強い力で床面に押しつけられます。あれが加速度によって生じた力であり、地上で重力を感じているということは、いつも上へ上へあがる加速度運動をしていると言えるんですね。これがアインシュタイン流の重力というものです。何も、一生懸命上に向かっているなどと考えなくてすむなら、そのほうがいい。実際そんなことを言われても、全然そんな気はしないわけですから、ずいぶんと無理な話ではあるんです。確かに地球上のように重力が弱い場所での話なら一般相対論のように考えることの効果というものは何もないので、これまでの重力の考え方で十分なんです。地球に引っ張られているんだというふうに重力を理解していればすむんです。何も無理してまわりくどく考える必要はない。ところが、ものすごく重力が強いブラックホールだとか中性子星だとかについて考える場合には、やはりアインシュタインの理論が必要となる。重力そのものはわれわれが地球上で感じているものと同じ重力ですが、強さがまったく違う。そういうものすごく強い重力を理解するには、われわれの地上での重力の理解の仕方も一般相対論にのっとったかたちで理解しておく必要があるのです。ブラックホールでは、地球上のように12桁目ではじめて差が生じるなどという話ではなくて、それこそ100パーセント効果が出てくるんですね。確かに地上とか太陽の重力とかの話なら、誤解は正解なんです。しかし、中性子星とかブラックホールとかいままで知りもしなかったものを理解しようとすると、誤解はますます誤解となり理解できなくなります。(ちなみに万有引力という便利な言葉は、日本だけで通用する言葉らしいです。)(4)ブラックホールの中に落ちたものを鋼鉄ロープで引っ張り出せるでしょうか?(答え):光の速さというものには上限があるから、結局ブラックホールの勢力範囲から逃げ出すことはできません。たとえばその勢力範囲の外から、鎖かロープを縛りつけて引っ張ればどうなるか、やってみればロープが切れるだけです。ロープに働く重力は上と下で違ってきますから、その差額だけロープがギュッと引っ張られるわけです。その力にロープの強さが耐え切れないから切れるということになります。それでは切れないロープを持ってこい、と考えるでしょう。ロープの強さが仮に強いと言っても、ロープはある原子とある原子が結びついてできているわけです。ある原子と原子―原子でなくて素粒子でもいいけれども―の間の結びつきが無限に強くなれないというのが、また、光の速さが有限であるということとじつは関係しているんです。たとえば硬さというものは音速というもので表現できます。実際、こういう感覚はみんな持っているわけです。空気中の音の速さよりも鉄の中の音の伝わり方のほうが10倍以上速いです。そういうふうに、硬いものの中を音はものすごく速く伝わります。硬くすると音の速さは大きくなるのです。音の速さは硬さみたいなもので決まっているんですね。空気のようなフワフワしたものだと遅いけれど、固体の中はもうちょっと速くて、鋼鉄はもっと速くて、スチールの中はもっと速いというぐあいになっています。この剛性みたいなものがじつは音の速さを決めているんです。音の速さに制限がある。なぜなら音もある信号の伝わり方ですから、やっぱり光速以上になれない。ということは、この剛性に制限があるということです。だから、無限に硬いもの、壊せないものはじつはないということです。完全な剛体というものはないというのが相対論の結論です。だから相対論は逆に、どんなことをしても変形しないようなものはないということも言っているわけです。物の硬さにも原理的な制限を置いているのです。・そもそも、ブラックホールの中に入ると出てこれないのはなぜかと言うと、この世に光より速いものがないから、ブラックホールから出られないのです。(ブラックホールの中の宇宙船が)後ろに引っ張られるというのは、ある意味で光の速さで引っ張られているので、それに抗して光の速さで前へ行っても、トータルで前へは行かない。エンジンをふかせば、もっと速くなるだろうと言うかもしれませんが、いくらエネルギーをつぎ込んでも、速さというものは光の速さ以上にはならないわけです。(だから、タキオンのように光より速いものならブラックホールから出ることが出来るとも言われています。)ブラックホールでも白鳥座X-1のようなブラックホールに近づくと、我々は中に入るはるか以前にバラバラにされてしまいます。地平線までの半径が30キロくらいの大きさなんていうものは、宇宙のスケールでいけば針の穴のようなもので、ものすごく小さいものです。そういう小さなブラックホールだと、そこに近づくはるか手前で、重力でつぶされてバラバラになります。しかし、地平面までの半径の大きいブラックホールには入っていけるはずで、ほとんど何も感じないはずです。銀河系の中心領域にも巨大なブラックホールがある可能性を考えてもよく、その大きさは地平面で言うと、ちょうど地球の公転軌道くらいでしょう。とても大きなものです。このブラックホールなら中に入っていくことができます。もっとも、いったん入ると二度と出てくることはできません。尚、ブラックホールの地平面の形というのは大した意味がありません。たとえば曲がっていない空間だと、その空間にきちっと描けるわけですけれども、空間が曲がっていますから、球形であるか楕円形であるかというような区別はあまり意味がないのです。ただ、何か閉じた、球形とか楕円形とかを思い浮かべてまちがっていないような、そういうものです。また宇宙空間には、ブラックホール以外にも、光らないものなんてゴロゴロあります。(5)高速で運動すると時間が遅れるなら、宇宙の遠くまで行ける?(答え):〈有名なオリオン星雲は、1500光年の彼方にあります。しかし時間の遅れを利用できれば、もっと早く到達することができます。時間の遅れの計算式に値を代入して計算してみると、光速の99%で移動できれば212年ほどでオリオン星雲まで行ける計算になります。光速の99.9%なら67年ほどになりますから、人の一生の間でギリギリ到達できるかもしれません。さらに速く光速の99.99%なら21年ちょっとでオリオン星雲までたどり着けます。〉どれくらい時間が遅れるのかは、次の式から求めることができます。動いているものの時間=止まっているものの時間×(1-(動いているものの速度/光速度)2)1/2たとえば電車が光速の80%、秒速24万キロメートルで動いている場合、電車の外の時計が1秒経過する間に、1(秒)×(1-(24万/30万)2)1/2となり、電車内では0.6秒しか経過しない計算になります。(6)アインシュタインの理論は相対性理論です。一方ニュートン力学では絶対時間や絶対空間と言いますが、このように“ニュートンの絶対性”が“アインシュタインの相対性”にガラッと変わったのでしょうか?(答え):ニュートン物理学とアインシュタイン物理学の違いの特徴というと、アインシュタインでは、絶対というものはなくなった(空間も時間も)。すべてが相対的な存在です(光の速さは絶対一定としていますが)。ニュートンは絶対空間がありその中で物質が運動するととらえた。一方、アインシュタインは物質があるから周りの空間も成り立つと考えた。実際、一般相対論では、物質により空間は曲がるという。アインシュタインの(運動の)相対性とはすなわち、絶対空間の存在が先にあるということを考えずに、お互いの関係(お互いに静止とかお互いに運動とか)を先に考えた。お互いの平等な関係性がまず大切。鳥瞰(ちょうかん)的視点でとらえた。(これはビッグバン宇宙の成り立ちでも考えられることかも知れません。空間と物質は順番が対等とも言えるかも。物質と空間すら相対的、つまりお互いの関係性が重要。さらには、物質と空間と時間それぞれが相対的とも言えるかも知れないです。)アインシュタイン物理学では相対的空間とも言えます。実際、ビッグバン宇宙論では空間自体膨張していると考えられています。時間に対しては、ニュートンでは時間も絶対時間でした。宇宙のどこでも時間の刻み方は同じで、過去から未来へと一様に流れている。一方、アインシュタインでは相対的時間とも言えます。状況や環境によって時間の刻み方は違ってくるかも知れない。例えば高速宇宙船では時間の経ち方は遅くなる。「あなたの時間とわたしの時間は違いますよ。」ということもあり得ると考えます。アインシュタインは、「誰もが自分の時間の河を持っている。」と言う言葉を残しました。河の流れは速くも遅くもなるという。・このように、ニュートンでは絶対空間や絶対時間ですから、“ニュートン=絶対性”で“アインシュタイン=相対性”、かと言うとそうでもないようです。このアインシュタインの相対性に対して比べると、ニュートンの空間や時間の絶対性が強調されてしまいます。しかし、ニュートンの物理学もコペルニクス的転回とも言われた“相対化”の流れの中にあったそうです。コペルニクスにより天動説から地動説へと変わったことは、単に地球が動いているということにとどまらない、もっと奥深い主張を持っている。地球が動いているということは、太陽さえ動いていることを含蓄している。すなわち、コペルニクス的転回こそが相対論の始まりでもあり、大きな認識の変化を伴った。まず、われわれのいるところが宇宙の中の特別な場所ではないという場所的な相対論が提出され、つづいて地球が動いているといってもそれは太陽も動いているかもしれないし、動いている動いていないということは相対的であるという、運動に関する相対論が提出され、この考え方がガリレオを経てニュートンにいたってさらに強固なものになっていくわけです。宇宙はまったくの一様な空間であり、どの場所も同じで、同等の資格であるという主張。それが、結局ニュートンにおいて完成された、力学を支える“宇宙についての見方”ということになっています。これはじつはコペルニクスの太陽中心説に始まっているのです。“地球中心の考え方”から、“そうではない、「のっぺらぼう」の宇宙観”になったというわけです。“それでも地球は動いている”は、さらに大きな意味を含んでいます。すなわち、宇宙の星全体が動く、つまり、「宇宙全体が相対的な関係」という認識の大きな変化を伴いました。ニュートンの絶対空間や絶対時間というのも、“宇宙のどの場所も同等の資格を持つ”、つまり、それまでの“神が絶対”という視点から、どの地位も等しいという視点へと大転換していました。これは物理学的にも、それまでは人や生き物の住む地球(地上世界)のみで成り立つと思われていた物理法則が、神なる世界と考えられていた宇宙空間(天上の世界)でも成り立つことがわかりました。ただ、このように“相対化”は進んではいましたが、それでもなおニュートンにおいては、絶対空間・絶対時間という“ものさし”はなおまだ残っていました。しかし、アインシュタインはさらに、「“ものさし”に絶対的なものはない」と相対化をさらに押し進めました。(7)光速に近い速度で飛ぶとまわりの景色はどう見えますか?(答え):TV番組『アインシュタイン・ロマン2』によると。〈光の速度に近い速さで飛ぶと、人の目には物は次のように見えます(特殊相対論)。空間を表す四角い格子が輪のように見える。歪(ゆが)んで見える高層ビル。物体は進行方向に縮むと同時に、普通は見えない側面が見えてくる。全体として異様に歪んで見えます。(側面が速く動き去るので、側面の光が目に届き、静止状態では見えない側面が見える。:これが高速で運動する物体が歪んで見える理由。)また、光のドップラー効果が生じる。近づいてくる(もの)は青く、遠ざかる(もの)は赤く見える。光の波長が変化した光のドップラー効果。光の速さで宇宙を飛ぶと、物体は虹のように美しい色に見えるのです。〉この虹は、星虹(starbow)とも言われますが、しかし今は否定的にとらえられているようです。(ただし、よくはわかっていないようです。)Wikipediaで虹を検索しますと、星虹についての説明もあります。〈星虹(せいこう、英語: starbow)とは、光速近くで移動する宇宙船から星空を眺めると、ドップラー効果と特殊相対性理論の効果によって、星の見かけの位置が進行方向前方に移動し、進行方向を中心とした同心円状に星の色が変化して虹のように見える、といわれている現象である。英語のスターボウ(starbow)は、雨が作る弓型であるrainbowから、星が作る弓型という意味で作られた造語。また星虹はその直訳語である。通過する救急車のサイレンや、電車内から聴く踏切の警報など、音源からの距離が連続的に変化することで周波数を圧縮・延伸され、音が歪んで聞こえる現象(ドップラー効果)は日常的に体感することができるが、これらの音波と同じように、相対的に接近し遠ざかってゆく星々から、飛行中の宇宙船に向かって飛んで来る光の波長が圧縮・延伸されることにより色が歪んで見えるため、全体が虹の様に色を帯びて目に映るのではないかと仮説したもの。しかし、仮に全ての恒星などからの光がすべて単一の波長であるならば赤から紫まで明瞭に色が分かれた虹に見えるであろうが、実際には様々な星が様々な波長の光を放出しているため、七色に分かれた一般の虹のように見えることはない。星のスペクトルを黒体輻射と仮定してドップラー効果による色変化を検証した科学論文によれば、ドップラー効果による色変化は星温度の変化と同様で虹にもドーナツ状にもならないことが示されている。シミュレーションソフトで再現した場合も進行方向に明るく青っぽくなり、側方、後方の星は赤く暗くなる色変化は観測されるが星虹は出現しない。いずれにせよ亜光速で飛行できる宇宙船が実際に在ると仮定した場合にのみ、観測が可能となる空想科学上の現象であり、現代の科学技術ではそのような宇宙船はまだ理論の上にも現されていない。宇宙を扱うSF作品の視覚化・映像化においては亜光速の表現に用いられ、一般には(学術的な推論ではなく)フィクションとしてよく知られている。スタートレックの初期シリーズに星虹が表現されている。〉福江純氏らの天文学研究室ホームページによると。〈星虹(スターボウ)とは,簡単にいえば,亜光速で宇宙を航行するときに, 一つには光行差のために星の見かけの位置が宇宙船の進行方向前方へ移動集中し, また一つにはドップラー偏移のため星のスペクトルがずれて星の“色”が変化し, それらの効果が合わさった結果,宇宙船のブリッジからは, 進行方向を中心としたリング状の星の虹がみえるだろうという話である.しかし,実際の星のスペクトルは,いろいろな波長の光が混ざり合った 連続スペクトルなので,七色の虹のようなスターボウをみることは 難しいだろう. したがってスターボウは,当初想像されたいたほどきらびやかな ものではないかもしれない.一方,実際の宇宙には,星以外の天体が多数存在している. たとえば,中性水素雲・電離水素雲・分子雲などの星間雲, 原始星・白色矮星・中性子星・X線星, そして3K背景放射などなど. これらの天体は地上から見る限り,赤外線や電波やX線などでみえていて 可視光では目立たないが,亜光速で運動するとドップラー効果によって 簡単に可視光の領域に入ってくるはずである.想像するのは容易ではないが,実際のスターボウは, おそらく一つとして同じ色のないパッチワーク的な 背景に,3色ないし4色に輝く宝石(ドップラー偏移した星々)を 散りばめた,万華鏡のような幻想的な眺めになるのではないだろうか.〉尚、このHPでは、『光速近くで宇宙を飛行する宇宙船のブリッジからみた星景色』のシミュレーションも、簡易な映像で見ることができるようになっています。Yahoo!知恵袋では、〈ドップラー効果から「こうなるだろう」という予測ですね。確かに全体的に周波数が移動するだけだからあまり変わらないだろうとする説明もあるようです。また「いままで」見えてた光が見えなくなり見えなかった光が見えるようになるだけだと主張するひとも多いようです。実際に「実験」でもしなければ無理でしょうが、個人的には「光速」に近い速度になるので前(宇宙船の前方)には強烈な光のシャワーが降り注ぐことになるので見ることすら出来ないんじゃないかと思っております。〉<「いずれにせよ亜光速で飛行できる宇宙船が実際に在ると仮定した場合にのみ、観測が可能となる空想科学上の現象であり、現代の科学技術ではそのような宇宙船はまだ理論の上にも現されていない。」とあります。しかし、4月12日にホーキング博士らは、光速の20%の速度で飛行し、4.37光年離れたアルファ・ケンタウリに約20年で到達するナノ宇宙船計画を発表した。撮影される映像が極めて待ち遠しい。アルファ・ケンタウリの姿などももちろん興味深いですが、果たしてスターボウが見れるのかがさらに関心があります。光速の20%の速度で飛行する宇宙船から見える宇宙の姿はいかなるものなのでしょうか?もっと速度を上げて、スターボウ観測だけでも是非とも取り敢えず先におこなって頂きたい。また変な話かもしれませんが、魂が地球上や宇宙を飛ぶときは、現実に亜光速飛行を体験するのではないでしょうか?魂の重さはきわめて小さく、魂が飛行する時は、光速に近い亜光速だともいいます。魂があの世からこの世へ来るときに見る光景は、この世のものとも思えないほど(笑)、得も言われぬ美しい光景だとも聞きました。ただ、魂は可視光しか見えないのか、あるいはガンマ線X線などの短波から電波などの長波まで電磁波の全領域が認識できるのか、などわかりません。さらに、魂が亜光速で飛ぶならば、浦島効果(“あの世の浦島効果”とも言われる)や双子のパラドックスも起こるかもしれません。>ところで、アインシュタインは16歳の時に、光を追いかけて光よりも速く走ったら光はどう見えるだろうかということを考えたところから相対論が始まった。その答えが、「光を超えられないように自然は出来ている」という認識でした。じつは、それはたいへんいいことです。というのは、光を超えられるといろんな因果関係がややこしくなるのです。たとえば自分の姿がパッと出るでしょう。そ
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